今でこそ、ビオディナミやアグロフォレストリー
(農地に樹木を組み合わせて栽培する農法)、
フィトテラピー(植物療法)を実践する、
オークション級のカルト的な気鋭の
若手シャンパーニュ生産者として
世界的な注目を浴びるロマンだが、
私が初めて訪問した2021年当時は、
まだその名声が世界に轟く前の萌芽期にあった。
ただ、その頃からすでに彼には、
カリスマというべき内側から湧き上がる
圧倒的な情熱とエネルギーが感じられた。
初めての訪問の時から、
彼は私に 「将来、必ずシャンパーニュの頂点に立つ!」
と宣言し、その揺るぎない自信と確固たる信念には、
「近い将来、大物になる」と確信させるような
オーラがまとっていた。
ロマンがSO2無添加、無濾過、
ノンドザージュの現在のスタイルを確立したのは、
2018年にラ・ボエムのパトリックと出会ったことが
大きな契機となった。
2018 年にシャンパーニュの収穫が始まる前に、
友人のジェイソン・リガスを通じて
パトリックのギリシャワインの収穫に参加し、
そこで初めてパトリックと出会った。
ロマンは、パトリックと3週間にわたり
衣食を共にする中で、ナチュラルワインについて
多くを学び、パトリックの哲学に
深い感銘を受けたという。
実際、彼自身それ以前からビオディナミや
ナチュラルワインには興味があった。
彼は、弟トマと昔からよく一緒にブラインドで
ワインを飲んでいたが、偶然にも2人が共通して
強いエネルギーを感じるワインは、
いつもビオディナミであることが多かったそうだ。
そして、さらにより強いエネルギーを感じるワインは
総じてナチュラルワインが多く、
その経験からロマンもトマも、
シャンパーニュをナチュラルで造る可能性を
いつも模索していたという。
「ナチュラルワインは確かに強いエネルギーがあるが、
だからといって自分はすべてのワインを
受け入れているわけではない。
ナチュラルの中には、
美しくエネルギッシュなものがある一方で、
欠点も多く、飲むことすら難しいものも少なくない。
我々が目指すのは前者のワインであり、
パトリックはそのために何をすべきか、
そして逆に何をしてはならないのかを、
理論的に丁寧に教えてくれた」と彼は語った。
そして、巷では、特に閉鎖的なシャンパーニュ界隈では、
「ナチュラルワイン=怠け者の造るワイン」 という
レッテル貼りがあるが、 実際は全く逆で、
美しいナチュラルワインを生み出す生産者ほど、
ブドウ栽培から醸造に至るまで
並外れた努力を惜しまない、
そのような事実をパトリックから学び、
以降吹っ切れたようにロマンは、
完全ナチュラルの方向へ舵を切ることとなった。
ロマンの目指すシャンパーニュは、
アンリ・ジローで学んだ、
ブドウやテロワールの持つポテンシャルを
極限まで引き出すための徹底したクオリティ管理と
厳格なアプローチ、そして、パトリックから学んだ、
無添加による完璧でエネルギーに満ちたワイン造り、
この2つの融合であり、品質に磨きをかけ
さらに一歩ステージを上げるために
日々精進を怠らない。
2022年からは、弟トマとともに
父親の畑7haを引き継ぎ、
新たにLa Bulle Libreを立ち上げ、
ロマン・エナンと同質の
シャンパーニュ造りを目指している。
La Bulle Libre は「ドメーヌ」や
「メゾン」といった枠組みに分類できない、
いわば「チーム」であり、彼は共感する志の高い仲間に
「それぞれがシャンパーニュをつくっている」という
当事者意識を植え付けるために、
父の畑と醸造所を引き継いだ時点で
Henin という家族名をあえて外し、
仲間でつくり上げるドメーヌ=La Bulle Libre という
在り方をいち早く意識したのだという。
「7ha を弟と引き継いだ以上、畑をいちからテコ入れし、
最終的にはロマン・エナンと同じ品質か、
それ以上のシャンパーニュを造りたいと思っている。
そのためには、当事者意識を持つ仲間がどんどん参加し、
チームとしてワインをつくり上げる方が現実的だし、
一緒に高みを目指すことができる」と、
彼は La Bulle Libre のコンセプトを語ってくれた。
いずれにせよ、これからますます「チーム」としての
シャンパーニュの品質が向上していくことは
間違いないだろう。
このエネルギッシュな若者たちの姿から、
シャンパーニュの次世代の流れを強く感じた。
生産地
シャンパーニュは、ヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区の
東にある「ピノノワールの聖地」、
「ヴァレ・ド・ラ・マルヌ唯一のグラン・クリュ」との
名の高い Ay(アイ)村。
そのアイ村に、ロマン・エナンのドメーヌと
彼が率いるチーム La Bulle Libre
(ラ・ビュル・リーブル)がある。
ドメーヌが所有する畑の総面積は
8ha(その内ロマン・エナンが単独で所有する畑はha) 。
グランクリュの Ay (アイ)村では
南向き斜面にピノ・ノワール、 シャルドネを1ha、
そしてヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区の西
Troissy(トロワシー)─正確には
隣村 Mareuil-le-Port(マレイユ=ル=ポー)の
コミューン Cerseuil(セルスイユ)─
の北東に位置する畑にピノ・ムニエ、シャルドネを5ha、
さらにコート・デ・ブラン地区の
グランクリュ Chouilly(シュイイ)の
東向きの斜面にシャルドネを2ha 所有している。
ヴァレ・ド・ラ・マルヌ(マルヌ渓谷)の気候は、
冬の厳しい冷え込みをもたらす大陸性気候と、
気温の極端な変動が少ない穏やかな海洋性気候、
さらにマルヌ川の影響が重なり合うことで、
多様なミクロクリマを形成する。
また、マルヌ・ヴェール(緑色泥灰土)と
粘土質土壌を特徴とする Cerseuil は
「リッチで力強い」スタイルを生み出し、
表土が薄く、100%Craie(白亜石灰質)の母岩から成る
グランクリュ Chouilly は
「キレのある酸とミネラル」を備え、
そして、その中間的な性格を持つAyは、
20〜30cmの粘土質の表土の下に
白亜質チョークの母岩が広がり、
「リッチさとフィネス」を併せ持つ
味わいを生むと言われている。
歴史
シャンパンメーカーとしては2代目となる、
1991年生まれの若き新生ロマン・エナンは、
高校卒業後 Avize(アヴィーズ)の
BTS(職業訓練学校)にて栽培と醸造農業技術を学んだ。
2009年BTS卒業後、自然への深い敬意を持ち、
樽醗酵・樽熟成によるクリーンな
ワインで知られるアンリ・ジローのもとで
2年間研鑽を積み、最終的には
Responsable de cuverie
(醸造現場責任者)にまで昇進した。
その頃から独立を志していたロマンは、
惜しまれつつアンリ・ジローを退職し、
2012年に父が営むドメーヌ 「パスカル・エナン」 を
継ぐ道を選びんだ。
アンリ・ジローで学んだノウハウを実践し、
実家のワイナリー改革に積極的に
取り組もうとしたものの、
畑の環境配慮やクリーンな栽培方法をめぐって
父親と意見が相反。
そして2016年、アイ村で約1haの畑を
Fermage(収穫したブドウの一部で地代を支払う契約)
によって取得したことを契機に、
ついに父と袂を分かち、
ドメーヌ「ロマン・エナン」を立ち上げた。
翌年2017年は、ビオの栽培に
切り替えたばかりということもあり、
ブドウが不作でロマンにとっては
苦悩と模索の日々が続いた。
その頃、トゥールーズのグランゼコールで
薬学を学んでいた弟のトマは、
大のナチュラルワイン好きでもあり、
帰省のたびに必ずナチュラルワインを持ち帰っては、
兄ロマンとともに飲みながら熱心に議論を交わしていた。
2018 年、友人であるギリシャの
ナチュラルワイン生産者ジェイソン・リガスが、
オーヴェルニュのパトリック・ブジューとともに
サモス島で進めていた共同プロジェクトの収穫に参加し、
そこでロマンは初めてパトリックと出会い、
そのワイン哲学に深い感銘を受ける。
この出会いを契機にパトリックを
師と仰ぐようになり、
ロマンはシャンパーニュ造りを完全無添加へと
大きく舵を切ることになる。
そして2018年、初めてリリースした
「Gamin du Terroir」が大きな反響を呼び、
ロマンは一躍若手シャンパーニュ生産者の中でも
特に注目される存在となった。
2021年、グランゼコールを卒業し、
大手製薬会社で研究員として働いていた弟トマが、
すべての地位を捨てて
兄のシャンパーニュづくりに加わった。
その決断を目の当たりにした父は、
ついにドメーヌを引退し、
7haの畑と醸造所を息子たちに託すことを決意した。
2022年、完全に父の畑を引き継いだロマンとトマは、
栽培から醸造まで全てロマン・エナンの
スタイルを継承した別会社「La Bulle Libre」を
新しく立ち上げた。
スタート時には、高校を卒業したばかりの
スタージュのヴァンサン、そして2023年に、
新たに志を共にする友人の二コラが加わり現在に至る。
生産者
現オーナーとして、実質的にラ・ビュル・リーブルと
ロマン・エナンの二つのドメーヌを率いるロマンは、
自身の1haの畑に加え、弟トマと共同で所有する
7haの畑を管理している。
アンリ・ジローから化学農薬を使わない自然栽培、
そして樽醗酵・樽熟成によるクリーンで
洗練されたシャンパーニュの技術を学び、
さらにラ・ボエムのパトリック・ブジューからは
SO2 無添加、ノン・フィルター、ノン・ドザージュの
ワインが持つ潜在力を教わり、
深い感銘を受けたロマン。
探求心の高さと若さを原動力に、
近年はビオディナミに加えて
Agroforesterie(アグロフォレストリー:
ブドウ畑に樹木を植えることで土壌を守り、
生物多様性を高め、持続可能な農業を実現する手法)
を取り入れるなど、
栽培から醸造まで毎年必ず前年より
一歩進化することを自らに課し、
ナチュラルでありながらも緻密という
矛盾を美しく成立させ、
シャンパーニュの頂点を目指すことを
モットーとしている。
そこに、弟トマの科学的知見と明晰な
分析力が加わることで、彼らのシャンパーニュは、
クリーンでエネルギッシュ、
そして驚くほど透明感のある味わいへと昇華する。
また、ロマンとトマには「ドメーヌ」という
概念に対する執着がなく、これが La Bulle Libre という
組織のあり方にもつながっている。
父パスカルからドメーヌを引き継いだ際も、
あえて新しいドメーヌ名に Henin の名を冠さず、
仲間とともにチームで築き上げる
ドメーヌであることを示すために、
LaBulle Libreという名前を敢えて選んでいる。
ちなみに、La Bulle Libre のキュヴェ
Odyssée Pétillante – Chapitreのエチケットは、
毎年そのミレジムの物語に合わせてデザインが変わる。
そして必ず、その年のプロジェクトにチームとして
参加したメンバーが描かれる仕組みとなっている。
今のところは 3 人だが、
これからもっとチームを大きくして
更なる品質向上に努める予定だ。
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